海と毒の話A:1
あのこが死んだ
わたしのいっとう大切にしていた、あのこが死んだ。
夏の暑い夜
海に入って、そのまま帰ってこなかったらしい。
と、共通の知人が噂しているのを聞いた。
あのこのことを、わたしに直接話す人はいなかった。
そのくらいの距離
そのくらいの関わり
そのくらい、常にわたしはあのこを遠ざけていた。
あのこが死んだ
わたしのいっとう大切にしていた、あの子が死んだ。
あのこはことあるごとに手紙をよこした。
手紙には「まだ好きです。」
とだけ書かれていた。
わたしはそれに安心して
また少し、あのこのことを忘れるのだった。
手紙に返事を書くことは最後までなかったのだけれど
返せば良かっただろうかと、少し後悔した。
返事をしていたら
あのこは死ななかったのだろうか。
それでもやっぱり
死んでしまったのだろうか。